【STORY × AOI Pro.】「VRを使い、人の感情の動きを把握する」

筆者: 編集部

株式会社AOI Pro.はテレビコマーシャルやデジタルコンテンツ、エンタテイメントコンテンツの企画及び制作を行っている企業です。近年では新しい映像表現としてVR事業を開始するなど、さまざまな取り組みを行っています。今回はそのVR事業について、設立の経緯や提供しているサービスなどを、体験設計部 部長兼クリエイティブディレクター吉澤貴幸様(写真左)、マーケティングディレクター小林謙一様(写真右)にお聞きしてきました。

ーー御社の事業内容をご紹介いただけますか?

AOI Pro.吉澤様(以下吉澤):
弊社は55年間ずっと映像を作ってきた企業です。その中で、これから事業を拡張していく際の大きな課題が、どうテクノロジー領域に参入していくかということでした。動画というものが放映するだけではなく、運用を重視するフェーズに入ってきたためです。

映像が視聴するだけのものから、体験もできるものに変わっていくという時代の流れに対応して、その一番分かりやすい形であるVRに取り組み始めました。映像とテクノロジーの掛け算だという解釈をして、我々のVR関連事業が始まりました。

我々のゴールはVRのコンテンツ開発ではありません。自分たちが作ったVRのコンテンツを体験する人の反応をセンシングしてデータを集計し、ビジネスに活用していこうと考えています。

この野球VRコンテンツは2016年に作ったもので、近々「Steam」(PCゲームの販売プラットフォーム)でも配信していこうと考えています。ゲームメーカーの方々が作る野球ゲームとは異なるものを作りたい、また、キャッチャーマスクにカメラを付けて360度見えるだけのコンテンツにならないように、独自の目的とベネフィットを作ろうと考えていました。端的に言うとプロのリアルを知ることができるコンテンツにしようと。

プレイヤーはまずキャッチャーを体験するのですが、165キロのストレートが自分に向かって高めに飛んできます。目に向かってくるんですね。そうすると、ほとんどの人が「怖い」と感じるんです。スマホやテレビのフラットな画面で野球を見ていても、ゲームをやっていても、そう感じることはないと思うのですが、実際にVRの中でそこに身を置いてみると怖く感じるんです。このときに我々がよりどころとしているのが、日本バーチャルリアリティ学会の「バーチャルリアリティ」という言葉の定義で、「みかけは現実ではないが、効果としてあるいは実質的には、現実である」ということ。現実で165キロの野球の球をキャッチャーとして受けることになったら絶対怖いじゃないですか。VRで体験しても脳がこれを現実だと認識するので、やっぱり怖いんです。VRでシミュレートして動かした感情と、リアルな世界で動く感情は同じなんですね。

フラットな画面では人間はそれほど感情が入り込まないので、素直な生体反応が出づらいのですが、VR空間では出てきます。これを突き詰めていくと、どういったときに感情が生まれるのかがわかってくるので、それをビジネスの取っ掛かりにして、最終的にはデータビジネスに活用していこうと思います。これが僕らの出発点です。そしてその次に作ったのがこちらです。

野球VRではヘッドマウントディスプレイを装着して体験することに加えて、ハプティクス技術によって、バットとミットに触覚をフィードバック。実際の衝撃を収録したものを増幅して、当たり判定が出た瞬間に、このデバイスに再生しています。そうすることで、ただ見て確かめるだけではなく体感することができるんです。

それを今度はスポーツ以外の切り口で展開し、映像の中を歩くということを目指してこの歩行型のコンテンツを作りました。そのときにもやはり体感は必要だと考え、映像にシンクロしてデバイスを制御するようにしました。まず先ほどの動画で映っていた床の部分は全方向に自由にVR空間を歩くための装置で、横にも回るし、縦にも回る、平面上360度どこにでも行けるという装置です。その一部の機能を使って、映像の中でカメラが進行すると、それに合わせて地面が動くようにしました。加えて、ガイド役の女性に手を引かれるので、ただ見るだけの映像ではなくて、自分がそこに参加していて映像の一部である、という共感覚が生まれます。

ーー視界を覆われて歩くことに恐怖感を持つ人はいないのでしょうか?

吉澤:
地面がいきなり動くと驚きますし、ハーネスも何もないため目を閉じて歩いているようなもので、本当は怖いはずなのですが、動き出しの直前に手が少し引っ張られ、それがきっかけになって歩くんだな、少し戻されると止まるんだなと分かるため、今まで体験された方で転んだ人はいません。

全部で4分ぐらいの体験で、みなさん最初の30秒ぐらいは「へえ」という感じで体験されているんですが、体感に加えて森の香りや、前を歩いている女性の髪の香りがするので、1分ぐらい過ぎると完全に没入してしまいます。そういうことをしつつ、もともと我々のゴールであるセンシングの部分に一歩踏み出しました。

ーーなるほど。非常に興味深いです。

吉澤:
歩行型のコンテンツでは視線や脳波、心電なども取っているので、映像の提供者には、体験者がどこを見たときにどういう感情になったかというログを提供できます。そうやって表側(体験)と裏側(生体ログ)の両サイドからサービスを作ることで収益を生むモデルになると考えています。

こういう経緯を経て「VRを使ってユーザーのインサイトを探っていくサービス」が生まれました。体験者が映像をどう見て、どう感じているのかということを取り出すためのものです。例えばVR空間で映像を見てもらい、3つあるサムネイルのどれを先に見るか。選ぶに至った過程で、脳波がどう動いて、どう視線が迷ったか。もしこれが直接回答を得るようなアンケートだと、最終的に選んだものしかわかりませんが、そこに至る過程をトラッキングすることでどこで迷ったかが分かるんですね。そういったことをVR空間で行い、視線と脳波のトラッキングをしています。

今後データがたまっていくと、アンケートをしなくても映像を見せて生体反応を見るだけでどんな影響を与えているのかが解釈できるようになります。その第一歩目としてのコンテンツです。

ーーこのサービスの手法にVRを選択した理由はあるのでしょうか?

吉澤:
1つはアイトラックの精度の問題です。今までのアイトラックはこの辺を見ていた、ぐらいの精度でしかなく、その中で細かく何に注目しているのかまではわかりませんでした。それに比べてVRのアイトラックは1度以下の精度、120fpsの粒度でどこを見ているのかがわかるので、同時に1秒ごとの脳波をトラッキングして、見ている場所と生体反応がどう結びついているのかを把握することができるようになります。

これを用いて、データを集めて解釈することで、例えばどんな交通教育をしたら安全運転する人が増えるのかということを取り出すことがおそらくできるようになるんですね。

ーーVRでインサイトを取ると言いますと、別の企業様と一緒に動いてデータを収集して、それを何かのビジネスの開発の情報元として活用したいというニーズがあると思うのですが、実際にそういった動きはあるのでしょうか?

AOI Pro.小林様(以下小林):
私は事業会社のマーケティング業務が長かったので実感として思うのですが、「なぜ人間がこういう行動をとったのか」を知りたい方々、企業様は多数いらっしゃると思うんですよね。人間のセンシングデータから導き出される感情をデータベース化していくこの活動は他にはなかなかありませんのでニーズはあると思いますし、積極的に協業したいと思っています。

昨今、テレビ番組のような映像クリエイティブのさらなる質が問われる時代になってきている中、映像を見た人がどのような感情になっているのかをデータとして冷静に分析できると、その改善などにも寄与できるのではないかと思います。今まではどうしても感覚的な部分が強かったので、そこに新しい知見を提供できるのではないでしょうか。実際いくつかのテレビ局様からもお問い合わせをいただいています。

私がいた事業会社のひとつはVRのヘッドマウントディスプレイも製造・販売していたので、それを消費者にもっと普及させていくためには、コンテンツがすごく重要だということは常々感じていました。普及していくコンテンツのひとつの方向性として、日本バーチャルリアリティ学会の定義に立ち返って、リアルに起きていることをシミュレーションできる体験コンテンツを作るという考えがあってもいいかと思います。

そういったコンテンツを作ることで、ソリューション型のビジネスを提案する際にも活用していただけると思います。ビジネス活動をする前にシミュレーションを行って、生活者や消費者や顧客の反応を見た上で投資したいというニーズは、BtoB、BtoC、BtoBtoCを問わずどの業界にもあるからです。

リアルな体験をシミュレーションできるコンテンツやシステムを作って、研究開発や先行開発のところでサポートできるようになれば、ビジネス的な将来性もあると思っています。トレーニングにしても、シミュレーションして反応をリサーチするにしても、リアルなVR環境を作れることは非常にアドバンテージがあると考えます。

ーーこのVRインサイトの使い道にはさまざまな可能性があると思いますが、具体的にどのようなことができそうだという想定はありますか?

小林:
例えばショップのマーケティング調査のときなどに、仮の店舗をVR空間に用意してそこを歩いてもらうことで、どこをどう歩いてどんな反応があるかなどを計測できますよね。またVRを用いたトレーニングでいうと、高所での仕事など危険性のある職業に就く人が、VRを使って事前のシミュレーションをすることができます。ベテランの方の目線などを計測して、プロの方はこういうところを見ているから安全なんだよということをサジェスチョンすることもできます。

吉澤:
他にもVRで車の試乗ができたり、実際にその車を所有して生活したときにどんな気持ちになるかまでシミュレートできれば、買い物の失敗がないですよね。所有したときの気持ちにスポットライトを当てると、ただ試乗できますという以上の価値が提供できると思います。

このようにわかりやすい使い方がきっかけとなってこのサービスに触れてもらいデータを集めることに価値があります。人の意識や行動に関するデータが集まり、人間の反応がある程度予測できるようになると、恐らく人間の行動を誘導することが可能になります。そうすると今までは過去のデータしか分からなかったけれど、やっと未来を知ることができるステージにいくんです。そのための階段をいろんなプレイヤーが上っている最中で、我々はビッグデータではないけれども、専門のデータを扱ってチャレンジしているところです。

小林:
我々の部署名が「体験設計部」なのはその想いがあるからで、VRのコンテンツを映像中心に作っていくということだけではありません。VRでの演出空間というのは、体験設計をする基礎的な環境として現時点で非常に可能性があるなと感じているのでツールとして使用しているに過ぎません。体験した人間の感情が実際のところはどのようになっていて、それは次にどういう行動を促すのかというところを理解してソリューション設計するということがゴールだと思っています

ーー今後VRインサイトを進めていくに当たって、一番課題と感じていらっしゃるポイントはどのようなものですか?

吉澤:
VRにかかわらず、感情とかインサイトという言葉を使ったものをいろんな方が発表されている中で、我々は豊富なノウハウがあって経験値が高い人たちでチームを作って進めています。時間、お金、人材にも本気で投資をしていて、検証が高いレベルにあることをお伝えできる機会がもっと増えればと思います。

プロジェクトに加わってくれる人が増えていけば、さらにステージは進むんです。そうするためにも、AOI Pro.のやっていることはすごく具体的だし本気である、ということが伝わっていくと嬉しいですね。

ーー最後にお聞きしたいのですが、VRインサイトを展開されている今から3年後はどんな世界が待っていると思われますか?

吉澤:
このVRインサイトはものすごく大きな概念なので、今の僕は開発の人間として精度を高めているところです。3年後は、大体出口が見えたかなという段階かと思います。というのは、作り続けることによってAOI Pro.のやっていることが認知され、エンジニアやマーケターが揃っていって理想像が生まれてくるのではないかと。理想像ができたときにさらにジャンプできるので、3年後はやっとインサイトデータベースができてきたねというところかと考えています。私たちはもちろんモバイルへの拡張を考えているので、5Gがくるタイミングが1つのターニングポイントだと思っています。

小林:
やはり5Gが大前提ですね。その環境ができれば、2020年のオリンピックの際には、会場やテレビで見る人向けにARでサブ情報を手に入れられて、没入感に伴うストーリーや感動を求める人はVRを見るといった世界も可能になるかもしれませんね。

それから市場ニーズとして、MR的に事実との関係値で想像世界を見たい、もしくは完全に事実とは一線を画した世界で没入したいと思う欲求が強くなっているのかもしれないと思います。そうすると同じデバイスなのに、ARにもVRにもMRにもなるハードウェアが現れるかもしれませんね。

ー吉澤様、小林様、貴重なお話を誠にありがとうございましたー

株式会社AOI Pro. 体験設計部
〒107-0052 東京都港区赤坂4-13-13
赤坂ビル2F

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