【STORY × KIDS】「26年続いた苦しみが消えた瞬間 ー 原因不明の痛み”幻肢痛”へVRで挑む」

筆者: 編集部

株式会社KIDSは上肢障害者へのQOL向上を目的に活動している企業です。感覚のない腕、切断後存在しないはずの腕が痛む幻肢痛を、VRを活用することで和らげる取り組みを行っています。今回は同社が行っている事業の内容や、今後の展望についてなどのお話をKIDS ディレクター 猪俣一則様に伺いました。

━━御社が行われていることをお聞かせください。

KIDS猪俣様(以下猪俣):
デジタル技術を使って痛みの軽減、痛みの緩和を目的としたリハビリテーション治療器の開発を行っています。「病気を治す」というよりも、「改善・予防して健康な体を維持する」ことを目的としています。

事故や病気の影響で四肢を切断、もしくは神経損傷による運動・知覚麻痺になった後、治癒したにも関わらず、痛みが残ってしまう人がいます。これは幻肢痛と呼ばれる難治性の疼痛なのですが、これがとてつもなく痛い。この痛みがずっと続くことや、手がない、動かせないというもどかしさが脳へ蓄積されていき、悪循環となってさらなる痛みに変わるのです。日常生活にも支障きたすケースも少なくありません。この痛みを緩和させるためには脳を制御することが大事です。そのトラウマに、「大丈夫、動かせているよ」という意識を植え付け上書きしていくことが必要になります。それには没入感のあるVRによるリハビリが有効なのではないかと考え、研究開発しています。

http://www.las-cruces-prosthetics.com/news-2/pain-and-phantom-limbs/
*上記におぞましい痛みだとわかるイラストがあります。

━━今お話しいただいたものは切り口として非常にユニークだと思うのですが、このリハビリテーションの開発を始められたきっかけはなんだったのでしょうか?

猪俣:
きっかけは、実は私も右腕に幻肢痛を持つ当事者の一人であり、患者さんの気持ちに寄り添えるピアサポートができると思ったからです。30年近く前に事故で瀕死の重傷を負いましたが、なんとか助けて頂いた。それからずっと、恩返しできることはないかと考えてきました。デザイン&ビジュアライゼーションの現場でVRを駆使してきた経験とHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の組み合わせで、これで医療に貢献できるのではと使命を感じ、始めた「恩返しプロジェクト第一弾」である上肢用のリハビリツールです。

━━痛みを緩和するためにどのようにVRを活用されているのですか?

猪俣:
腕の感覚がない人や、腕を切断した人は、幻肢というイメージの腕を持っています。目を閉じると手がちゃんとあるんです。その幻肢が頑固に動かないと痛む傾向にあり、随意的に動かせるようになってくると痛みが軽減してきます。この傾向を用いた緩和療法はファントムエクササイズと呼ばれており、ベースとなる鏡療法というものがあります。真ん中に鏡を置き、健常の腕を鏡越しに見て、鏡に映った腕の動きと幻肢を重ね合わせ、動かせていると感じることで痛みが緩和するというものです。

ただ幻肢は人それぞれで、短かったり、長かったり、体の中に埋まっていたり、状態は様々です。健常の腕と幻肢が左右対称でないと鏡療法は効かないことがあるのです。患者さん一人一人痛みの性質が違い、幻肢の感覚も違う。その課題を解消するためにVRを活用できるのではないかと思いました。デジタル技術を使えば、患者さんそれぞれに合わせてカスタマイズできるので、患者さんが持つ幻肢イメージに合わせて訓練することができます。さらにHMDによる主観でのビューで実践することで、より効果が高まるのではないかと思います。

━━鏡療法をさらに患者さんに沿わせたのですね。実際のコンテンツ内容はどのようなものですか?

猪俣:
幻肢を気楽に動かせるようにする訓練をVRの中で行います。私たちは「思い出体験」と呼んでいますが、筋トレするというよりも、かつてできていた動きを再現してもらいます。例えば顔を洗うときに以前は水を両手ですくっていたけれど、片手ではできなくなった。そういう昔できていた動作・体験は、懐かしさよりVRに親和性を感じ、脳に障害なく、すんなり入っていきます。いろんな動作を含んだ思い出体験をVRで繰り返し行うことで、痛みの緩和に繋がる誘導的コンテンツとなっております。

患者さんの健常の腕の動き、肩・肘・手首・5本の指、これを全て赤外線でリアルタイムで計測して、反対の幻肢側に出してあげる。ただ左右対称だけではなくて、患者さんが持つ幻肢のイメージ位置に合わせて、バーチャルの手を出してあげることができます。形状は、スキャンした患者さん自身の手をはじめ、いくつか用意しています、患者さんのリンクの良いものを選んで訓練できます。実際に体験されている様子を動画でご覧ください。

実際に体験をされている様子

体験後の感想

こちらの動画の方は26年もの間ずっと幻肢痛に悩まされていましたが、VRで思い出体験をすることでその痛みがなくなりました。もちろんこれで完治したわけではありませんが、その効果がわかると思います。

━━VRがこの療法にとてもフィットしていますね。

猪俣:
私は当事者として、こういうものが欲しいというニーズから入り、適した技術としてVRを選択しています。当事者が研究に関与することで欲しいもの、効果的なものを作ることができますし、自分を治すことができれば同じように痛みで苦しんでいる方々も治せるのではないかと思います。

これからは製品化に向けて、幻肢痛の機序の解明、VRでの治療はどんな効果があって、VRで良くなった患者さんはどういう痛みの種類を持っていたのか学術的住み分けを行い、効果を立証していこうと思っています。

━━当事者だからわかるニーズがあるのですね。こちらの研究開発はどういったメンバーで行われているのでしょうか?

猪俣:
大学との共同研究であり、東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部/麻酔科・痛みセンターの住谷昌彦先生、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの大住倫弘先生などが協力してくれています。システム面ではパワープレイス株式会社ビジュアライゼーションデザイン室の井上裕治室長に手伝ってもらっています。現在は、東大病院の患者さんと、私が理事の一人として運営に携わっているNPO法人Mission ARM Japanの当事者メンバーに参加頂き、臨床研究を進めております。

━━リハビリと聞くと長い時間をかけるイメージがあるのですが、こちらはどれくらいの期間で効果がわかるものなのですか?

猪俣:
1回体験すれば、痛みは和らぎます。しばらくは痛みが軽減した期間が持続しますが、徐々にまた痛みが戻ってきます。おっしゃる通り、継続は必要です。

VR体験後に痛みが軽減する期間は体験を繰り返すことで徐々に延びていきます。例えば、月に一回の訓練を半年間続けて、痛みが以前と比べ9割近く取れた患者さんがいらっしゃいます。一方で、この療法が効かない患者さんも中にはいらっしゃいます。

━━どういった患者さんに効かないのかはお分かりですか?

猪俣:
普段、幻肢のことを忘れようとされている患者さんは、訓練で幻肢を動かそうとすると幻肢が騒ぎ、痛み出すので逆に辛いです。そこを耐え乗り越えられると徐々に改善に向かいます。痛みにも種類があります。例えば怪我による痛みの中にも、幻肢痛もあれば、他の痛みもある。VRで取り除ける痛みは、トラウマから引き起こされているものです。術前、事故当時、痛かった場所や、その時に見てしまった自分の手の悲惨さなどが脳にインプットされているので、それをVRでどんどん上書きしていきます。トラウマになってしまう強烈な体験で、脳がひずみを起こして変化を起している部分はVRで書き換えることができます。

他の痛みというのは神経障害性疼痛の中のアロデニアという、患部が治癒しても過敏になっており、優しく触っただけでも痛みを感じてしまうものです。周りの組織が慎重になっていて、防御本能として、少しの痛みでも強いフィードバックを脳に送ってしまいます。こういった痛みに関しては、あくまで触ったという原因のある痛みなのでVRで緩和させるのは難しいです。この場合は薬物療法や、神経の興奮を抑えるような処置が必要になってきます。VRで全てが治るということではないので、各種療法との住み分けが非常に大事です。VR以外にも、切断の患者さんですと、義手をつけ所有感を持つことで緩和するケースもあり、フィジカルとバーチャルの双方からのアプローチが必要になります。

━━なるほど。ちなみにこのVR技術を使って治療できる可能性のある方々は全国で何名ほどいらっしゃるのでしょうか?

猪俣:
正確な数字は出ていませんが、上肢切断、腕神経叢損傷患者は、推定4,5千人いらっしゃるようです。さらに脳卒中、視床痛など脳に障害が起きて手足が痛むという患者さんも多くいらっしゃいますので含めますと、運動療法の観点から、VRで治療可能な対象者は500万人とも言われています。

━━ありがとうございます。今後さらに改良・改善していきたい部分はございますか?

猪俣:
「トラウマを取り除く」と言われてもちょっとぴんとこないという方もおられるので、勉強会などを開催することで痛みを学び、自分を知り、理論的解釈を得てもらうということも重要かと思っています。そのあたりのハードルを、いかに下げてあげられるかですね。自分で治そうというモチベーションがないとコンテンツと上手にリンクしませんので、意識のハードルを下げられるようにしたいです。それから、「一生懸命訓練して治す」というよりも、「いつの間にか良くなった」というコンテンツを目指して作っています。

━━なるほど。ちなみに患者さんが治ったかどうかを判断する基準はどういうものですか?

猪俣:
痛みというのは主観的なものなので、そこの判断は難しいところですが、我々は訓練前、訓練後の痛みのアンケートを取って判断しています。世界基準で決められた痛みに関する質問事項より15項目程度用いており、即時効果、長期効果の判断材料として使用します。さらにアンケート結果を統計学的に判断し、どのような痛みを持っている患者さんに効果があるかということなど分析しています。

━━毎回のアンケートを比較する事で効果を測定する事ができそうですね。

猪俣:
そうですね。もう1つは先ほど申し上げた幻肢を動かすファントムエクササイズを行って確かめます。健常側の手で直線を上下に描いてもらいながら、幻肢では、丸を描くイメージを持ってもらいます。うまく幻肢が動かせるようになってきた患者さんは、直線が幻肢の動きにつられてどんどん歪んでしまいます。幻肢が動かせるようになって、痛みが和らいできた患者さんはつられる傾向にあります。

他にも、多くの患者さんが鎮痛剤などの薬を飲んでいらっしゃるので、その量を減らした際の痛みなども指標の1つになりますね。

ただやはりこれらは主観でしかないので、これだけで判断するのは難しいですね。今後は脳波との関連も研究していこうと思っています。痛みがある時と、ない時の脳波を測定して、比較する事ができればより具体的にわかるようになるでしょうね。脳内の痛みの可視化をしたいと思っています。

━━素晴らしいですね。製品版をリリースされた際にはどのような展開を想定されていますか?

猪俣:
まずは病院やリハビリテーション施設に置いていただいて、そこからのレンタルで在宅治療の場に提供できればと思います。ハードを一式揃えると数十万円かかりますので、保険の適用ができるようにして月1000円くらいで借りられるようになれば、もっと多くの方に使っていただけるのではないでしょうか。

ただ最初は1人でやるというよりも、セラピストが患者さんの傾向などを判断した上で適したコンテンツを選択してやっていただければと思います。ある程度は医療施設に通って頂き、プロの意見を聞いた上で在宅でやってみる。そういう流れが理想ですね。セラピスト育成もしていきたいです。是非、当事者さんにもなってもらいたいですね。

━━レンタルは今後ますます現実的になっていきそうですね。それ以外の展開は何かございますか?

猪俣:
海外への展開も考えています。海外の幻肢痛患者で一番多いのは戦争体験者で、恐怖体験をした上に手足を切断、神経障害を負った方がいらっしゃいます。軍関係の病院はかなり進んで最新技術を盛り込んだ義手の開発も行っていますので、そういう所にも提供できればと思います。義手をつける前のトレーニングにも、VRは適していますから。

もうしばらく製品化の前に臨床試験は続けたいと思いますので、最初は患者さん自身に販売というよりも研究者の方々に使っていただいてテストしてもらいたいです。データを共有頂き分析し、改良につなげていくような形を取りたいと思います。

━━最後に今後の展望をお聞かせいただけますか?

猪俣:
現状で課題になっているのは、片手の患者さんが在宅で使われる場合を想定した時に、HMDやグローブを1人で装着すること、機材のセッティングが難しいということです。またHMDが軽くなってきているとはいえ、腕の障害のことを考えてなるべく首に負担はかけたくありません。こういった負担を軽減するためにも、コンパクトなPowerWall版の開発やデバイスの選定はしっかり行っていきたいです。また今は上肢障害に特化していますが、下肢、足の患者さんにも同じような痛みを持っている方がいらっしゃいます。その方たちのためにまた歩けたと感じてもらえるコンテンツも用意していきたいと考えています。

痛みをゼロにすることは難しいですが、日常生活で支障がないぐらいの弱い痛み程度までに緩和し、笑顔で楽しく過ごしてもらえるようにしたいです。

ー猪俣様、貴重なお話を誠にありがとうございましたー

株式会社 KIDS
info@kazuinomata.co.uk
 
NPO法人 Mission ARM Japan
inomata@mission-arm.jp
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