伝統芸能を技術で後世に残す。人間国宝も協力する一大プロジェクト

筆者:阿久津 碧

大手通信企業のNTTは、狂言師、俳優として活動中の野村萬斎さんの父で、人間国宝の狂言師、野村万作さんの演技を後世に伝えるという目的のもと、その技能を超広角カメラで録画するというプロジェクトに乗り出しました。日本の伝統芸能である歌舞伎と、最新映像技術やVRとの融合は、大きな意義のあるプロジェクトとなりそうです。

人間国宝の演技を広角映像で残す試み

今回野村万作さんの演技を記録するにあたって、舞台として選ばれたのは横浜能楽堂。演目は「月見座頭」でした。

2018年の7月、何台もの4Kカメラを用いて実際の演技を撮影し、NTTの技術である「キラリ・ワイド」を用いて、撮影した個々の映像を繋ぎました。それからそれぞれの映像で被ってしまった重複領域を人工知能に算出させて、最終的に一枚の映像としました。

超広角に作られた映像はワイドなため、とても迫力があります。能楽堂は本舞台と橋掛りで構成されている関係上、横に広いという特徴があります。

そのため通常のテレビ画面を想定した撮影を行うと、演者が小さくなってしまうという問題がありました。かといって遠景を避けるために、それぞれの舞台を別々のカットで撮影すると、世界観が十分に伝わりません。

そういった事情を勘案した結果、複数台の4Kカメラと「キラリ・ワイド」の組み合わせに辿り着いたのです。これまでは演技や舞台の魅力を100%記録して伝えるという技術がなかっただけに、今回のプロジェクトは野村さんサイドにしても、魅力的な話だったかもしれません。

「指導」と「探求」二つの想いを胸に

伝統芸能の記録という試みについて野村万作さんは、「弟子に教えるためと自分の芸の研究の両面に生かしたい」という狙いがあると語っていました。

自身の芸に磨きをかけるためには、自分自身を客観的に見直す必要がある。野村さんはそのように語っていましたが、これは芸術全般に当てはまることなのではないかと思います。

そしてその上で、自身の演技を映像として客観的に見られれば、それはとても貴重な資料になるでしょう。一流の表現者、芸術家であればあるほど、他人の存在や影響と同じか、それ以上に自分自身との向き合い方が重要になります。

野村さんは1931年生まれ、齢87歳と高齢ですが、芸事に対する探究心は健在のようです。また、指導という面でも未だ精力的で、エネルギッシュです。その点でも今回の記録映像の役割というのは重要になってくるのでしょう。

万作さんはお弟子さんに演技を教える際にも、言葉だけでは不十分なところ、身につけられない領域があると考えており、様式的な動きなどは、映像資料の方が分かりやすいと話していました。※日刊工業新聞より

これは演技以外にも言えることでしょう。サッカーや野球といったスポーツの指導も、口で言うより、実際に見せたりやらせたりした方が身につきやすいシーンというのがあります。

そんなとき、目の前で実例を見せてもらうことができればそれが一番ですが、分かりやすい映像などがあれば、それも大いに参考になります。映像なので、見たくなったら好きなときに何度でも再生できますし、場所を選ばないのも魅力的です。

コーチや師匠が海外に住んでいる場合や、会える機会が限られているというときには、尚更こういった資料が役立ってくることになります。これを上手く応用すれば、離れた場所にいながら人材育成、コーチングができるようになるかもしれませんね。

広がる伝統芸能×最新技術の輪

NTTは歌舞伎の世界でも、新しい試みに乗り出しています。4Kカメラを贅沢に9台使い、2016年にラスベガスで上映した「KABUKI LION獅子王」を録画。その映像を羽田空港の会場で上映するなど、伝統芸能と最新技術を組み合わせた取り組みを行っています。

「獅子王」は2017年に、福島市にある「パルセいいざか」でも上映されており、歌舞伎などの演技を身近に感じられる機会として、注目を集めました。

他にも「超歌舞伎」と呼ばれる、ICT技術を活かした全く新しい演技も行われており、こちらは2019年には正式に南座で公演されることが決まっています。

この結果は2020年の東京オリンピック・パラリンピックにも活かされてくると思うので、単なるエンターテイメント以上の価値がある演目となりそうです。

芸術を立体的に

NTTは「キラリ・ワイド」だけではなく「キラリ・アリーナ」という技術も現在開発中で、これは360度、どの角度からでも演技を観ることができ、更に未来的な映像体験を実現させてくれるものです。

世界観を伝えるという意味では「キラリ・ワイド」もかなりの効果がありましたが、この方法で楽しむことができれば、更に没入感も上がりそうですね。

ソフトバンクなども似たような試みで、能楽をVRで楽しめる映像サービスを作成しました。こちらは「土蜘蛛」という演目を5Gで楽しめるというもので、4箇所から撮影したVR対応映像を楽しむことが可能です。

高画質が故に、4Gでは画面切り替え時にラグが生まれてしまいましたが、5Gでは一切問題なかったそうです。

単純に伝統芸能を映像として残すだけではなく、それを立体的にストレスなく鑑賞することができる。この映像作品は、現実とVRの境目を狭めた歴史的な成果だと言えるのではないでしょうか。

終わりに

日本の文化や伝統芸能というのを未来に託すのは簡単なことではありません。しかし今回、NTTが行なったプロジェクトのように、技術がその支えになるということもあります。それに対して心強さのようなものを感じましたし、これからも未来に残す価値のある芸術家たちの美しさを、形として保存してほしいと思いました。

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