THETAとJAXAが宇宙で使える全天球カメラを共同開発
360度を撮影することのできる全天球カメラについてホットな話題が入ってきました。日本国内の360度カメラとしては圧倒的な知名度とシェアを誇っているリコー株式会社の「THETA」シリーズを改良して、宇宙でも使える全天球カメラを開発したという発表が行われました。
JAXAとの共同開発
宇宙で使用することのできる360度カメラの開発はJAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で行われました。開発には既存モデルの「THETA S」がベースモデルとして使用され、宇宙での使用に耐えられるように様々な改良が加えられました。民生品の360度カメラを使って宇宙空間の様子を撮影するという試みは当然国内でも初となっています。
一般市場に流通している360度カメラを改造したもので宇宙空間利用できるものとして、世界でも最小クラスのものとなっているこのカメラは、既にデザインも2019年8月28日に発表されています。
通常の「THETA S」は真っ黒のボディが特徴的ですが、宇宙用のモデルは銀色の装甲に身を包んでいます。この装甲はアルミニウム合金で、無骨ながらも衝撃からはしっかりと本体を守ってくれる堅牢さを誇っています。打ち上げの際に生じる衝撃や宇宙空間の温度などを加味して設計が行われました。
外見だけでなく中身も大幅な見直しが行われています。特にファームウェアの部分や回路設計上の弱点は徹底的に改善が施されたそうです。メモリーチップもJAXAが選定した放射線耐性に強いモデルを採用することで、地球外での使用でも長く利用できるように工夫がなされています。
従来の「THETA S」は内蔵メモリーが8GBでしたが、改良品では32GBに増設されており、長時間の撮影が可能です。一方で変わらない箇所も存在します。一例としては、基本的な回路構造やレンズの素材は「THETA S」に使われていたものをそのまま採用しています。
光通信モジュールのモニターカメラとして使用
このカメラの使用用途ですが、探査目的ではありません。小型衛星用の光通信モジュール「SOLISS」の2軸ジンバル機構の動作確認用カメラとして利用されることとなるそうです。
動作確認用とはいえ、その性質上360度全方位を撮影することが可能となっているので、宇宙の様子や施設、そして地球も写真に収められることが予想されています。
これについてJAXA宇宙探査イノベーションハブの澤田弘祟主任研究員は、「THETAを使えば、本来の目的であるジンバルの監視以外の用途にも使えると思いました。人を楽しませ、感動させる写真や映像が撮れるのではないかと思います」と述べています。
リコーの山下良則社長も「リコーの歴史は、イメージング技術の歴史。(THETAのような)空間記録装置は、新たな産業社会のインフラになる可能性を持っています。今回、その可能性が宇宙にまで広がることをうれしく思います」と語りました。
始まりは2015年
驚くことにこの共同開発の話は4年前の2015年頃から持ち上がっていました。当時「はやぶさ2」の打ち上げを終えたばかりの澤田研究員は「何か面白いことがしたい」と考え、宇宙でTHETAを使うというアイディアに辿り着いたそうです。
そこからその想いを形にするべく、リコーへとその話を持ちかけました。その後民生品として当時流通していた「THETA S」を試験使用したところ、半年~1年もの間、動作することが判明しました。
これについて澤田研究員は「思ったよりもタフだった」と語っています。この話を聞いて私は、ダイビングをしているときにカメラを紛失し、その後234キロ離れた土地で2年半後に発見され、無事に動作したというニュースが少し前にあったことを思い出しました。
今回は宇宙空間における360度カメラの動作実験でしたが、前述した話も今回の話も、昨今のデジタル製品のタフさを痛感する出来事だと思います。
共同開発したカメラは、2019年9月11日に打ち上げ予定となっている「こうのとり」8号機でISS(国際宇宙ステーション)に送り届けられた後、そこから日本の実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームから撮影した画像を地上へと送信する予定となっています。
「THETA S」を利用する理由
「THETA S」は2015年、つまり「はやぶさ2」の打ち上げが終わった時点では最新型の360度カメラでした。その後は3代に渡って後継機がリリースされています。「THETA」シリーズは他に中級機の「THETA V」というモデルや、2019年に発売されたばかりのハイエンドモデル「THETA Z1」なども存在します。
どちらも機能面で見れば「THETA S」よりも高性能で、「THETA V」に関しては個人だけでなく法人利用の実績も豊富にあります。当サイトでも同機の法人利用に関するニュースを何度もご紹介しています。
では何故このタイミングであえてJAXAは「THETA S」をモニターカメラとして採用したのかという疑問が浮かびますが、検証作業をパスしているという理由が最も大きなものではないかと考えられます。宇宙空間というのは言うまでもなく過酷な環境で、地球で撮影するのとは全く条件が異なります。
「THETA V」や「THETA Z1」の機能が高性能でも、宇宙で通用するかといえば、それはまた違う話になるでしょう。改良にあたって何度も、場合によっては何年も検証作業を繰り返し、問題点や改善点を洗い出す必要が出てきます。
それに対して「THETA S」は2015年の段階から検証作業を開始し、長所や短所が既に明確化されています。映りの部分や細かい性能では上位モデルに劣るかもしれませんが、それをカバーするだけのデータという信頼が積み上がっているのです。
新モデルが発売される度に検証作業を行うのではなく、今回は「THETA S」を採用しつつ、その間にVやZ1の検証作業を済ませておいた方が合理的でもあります。今後それらの機種の検証作業が済んで改良が行われれば、高画質で撮影できる探査用360度カメラが宇宙で使われる日が訪れるかもしれませんね。
それにしても、2015年の時点で民生品のままで宇宙使用に一定期間耐えられる360度カメラを販売していたリコーの技術力は凄まじいものですね。THETA自体の販売が開始されたのは2013年頃なので、およそ2年で、製品のクオリティをそこまで高いものにしていたということになります。
撮影された映像は無料で公開
THETAによって宇宙から撮影された画像は、今後JAXAデジタルアーカイブスで無料公開される予定となっています。
最初の撮影はSOLISSに取り付けられた際に行われる予定となっていますが、地上への送信には一週間ほど要する見込みとなっています。地球から遠く離れた場所にある360度カメラが宇宙で何を撮影するのか、見るのがとても待ち遠しいですね。
コンデジやデジイチによって撮影された宇宙の画像はこれまでにも存在し、ニコン製品を中心に2001年から徐々に実験も行われていくようになりました。4K動画の撮影やスマートフォンによる宇宙空間の撮影など、常に進化を続けてきましたが、全天球カメラによる宇宙空間の撮影というのも、その歴史に新たなる一ページを刻んでいくこととなりそうです。
終わりに
様々な用途、シーンで利用されることの増えている360度カメラですが、その動きが宇宙まで広がったというのは正直かなり驚きです。そして日本のカメラが日本の航空宇宙開発政策を担う機関と協力してそういった取り組みを行うということに興奮を禁じ得ません。今後は探査用の360度カメラなどが1から開発されるなんていうことがあるかもしれませんね。両者のこれからの動きや新しい発表にも注目したいところです。
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